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 サンクトペテルブルグ    
 イサク聖堂(展望台)   -世界遺産- 秋(10月)(4℃)  Исаакиевский-Собор
St Isaac Cathedral (An Observatory) -Unesco World Heritage-
 
 
イサク聖堂- イサ−ク広場- + ニコライT世像

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【イサク聖堂柱廊からの眺め】・・・・・・・・

A.=R.モンフランはイサーク聖堂の外装に記念碑彫刻を多用しているが、大彫刻を群像のようにふんだんに配したこのような手法は19世紀中葉のヨーロッパではほとんど例がない。I.ヘルマンによる天使像が円蓋のリズミカルな形と胴のしなやかさを強調して絶妙だ。
−サンクトペテルブルグ(ガイドブック)− 
【展望台から望むイサーク広場】・・・・・・・・
イサーク広場のアンサンブルは、ネヴァ川の左岸に建設された、一連の大規模な建築的・芸術的な広場の一つである。広場はペテルブルグ創立当初建設が始まった場所にある。ここには要塞と造船所を兼ねていた海軍省の関係者のための居住地があった。広場の空間は、18世紀から20世紀初頭に建設された。一種の建築物の枠を構成する壮大な建築物に囲まれている。これらの建築物が発生した時代は、その建築様式に反映されており、それはイサーク広場が約三世紀の歴史の模型であることを物語っている。イサーク寺院は、この広場の構成的、精神的な中枢である。この寺院と広場は聖イサク・ダルマツキーを記念して名付けられ、5月30日がこの聖人の祝日とされている。この日はちょうどペテルブルグの創始者、ピョートル大帝の誕生日でもある。このような理由から、ロシア帝国の首都の幾つかの広場のうち、イサーク広場は国の中心の寺院、イサーク寺院への荘厳な道として受け止められている。これに応じて、対称的な二つの官庁の建物の規模が決定され、1844−1853年にかけて建築家エフィーモフの設計により建設された。1859年、広場中央にニコライ一世の騎馬像が立てられた。建築面の構想はモンフェランが手がけ、クロットが皇帝の像を、ザレマンが信仰、知恵、力、公正を寓意的に表現した。皇后と三人の娘を思わせる女性像を造り、四枚の浮き彫りをラマザノフとザレマンが創造した。1911−1912年に、ドイツ大使館とアストリアホテルの二つの建物が、新たに広場の構成に加わった。ドイツ大使館の建物は、ペテルブルグ・アールヌーボー様式で設計されている。この二つの建築物はイサーク広場を整然とした調和をもって完成させた。大小のドーム、大理石で外装された巨大なイサーク寺院は、周囲を取り囲む空間の上に聳え立っている。
−サンクトペテルブルグ−





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